EDS 地球デザインスクール Lecture

PLEA Design
EDS 中庭

丹後海と星の見える公園は、セミナーハウスは完成してから1年、宿泊棟群と浴室棟、エネルギー棟ができてからようやくオープンすることになりました。建物が完成しても、宿泊施設がなければ、滞在型の環境学習プログラムをサービスすることはできません。

建物はプログラム曽織使われていないと死んでしまいます。幸い、地球デザインスクールでは、建物の維持のために空気集熱のシステムを作動していました。太陽熱空気集熱は「別荘の留守番役」に最適です。シーズンに行くと、まずカビの掃除…という軽井沢の別荘が実は沢山あります。一日にごくわずかの時間、乾燥した外気を室内に取り入れて空気を動かすだけで、長い間留守にしていた空気のよどんだ、冷たく湿気た感じは全くありません。

一年の風雪にさらされて、無塗装の木材もいい感じになってきました。ところが、役人には変な人がいるもので、公園のオープンセレモニーに知事が来るとなって、一年の間にいい感じになってきた外部に露出している木材が「汚い」ということになってしまいました。ということで偉い人が何か言うと効果があるのが役所です。どこで予算を捻出したのか、いつのまにか外部木部の最初に調子が出てきた手摺に塗装されてしまいました。設計者に相談があったわけでもなく、引き渡しが済んでいるので自分たちのモノだと思ってのコトでしょうが、「どうですきれいでしょう…」と言われて、がっくり力が抜けました。

一方で、廃校を拠点として活動を続けていた元祖「地球デザインスクール」も、セミナーハウスの完成を喜んでくれて、オープン記念にゲストを読んでシンポジウムを開くことになり、基調講演を依頼されました。なんとゲストは、アーネスト・カレンバックでした。

アーネストカレンバックは、日本名「緑の国エコトピア」の著者です。シンポジウムのタイトルは「丹後版エコトピアのかたち」ゲストに失礼のないよう、英語でプレゼンしたところ、カレンバックにバカ受けして仲良しになりました。ミーハーなぼくは、カレンバック氏の著書にしっかりサインを頂戴しました。

緑の国エコトピア

「アメリカ人の生活の様々な側面の中でも、大量消費と物質主義への異議申し立て」と受け止めることができると評されるこの著作は、1970年代以降のカウンターカルチャーやグリーン・ムーブメントに多大な影響を与えました。

本書は(実際に書かれた1974年の25年後の未来)1999年に時代設定されている。1980年にアメリカ合衆国から分離独立した小国・エコトピアに、調査に入ったアメリカの大手メディア初のレポーター、ウィリアム・ウエストンというジャーナリストの日記の記述と、彼の新聞へのレポートから本書はできている。ウエストンの報告以前には、米国民は新国家への立ち入りを禁止されていた。そして、エコトピアがアメリカの報復に対する監視を続けている姿が描かれている。新国家エコトピアは、カルフォルニア州北部、オレゴン州、ワシントン州からなる。つまり、カリフォルニア州南部はエコトピアにとっては見果てぬ夢だと匂わせている…

ウエストンはエコトピアでの暮らしに自分が魅せられたことに気づき、広い世界へのエコトピアの代弁者としてエコトピアにとどまる決意をするところで、この小説は終わる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B3%E3%83%88%E3%83%94%E3%82%A2

そもそもエコロピア独立のきっかけは、女子高校生、ルー・スウィフトが、だれにでも簡単に作ることができる太陽電池を発明して、その作り方を公開したことでした。エコトピアへの入国を初めて許可された、ウィリアム・ウエストンというジャーナリストには見るものすべてが驚きの世界でした。

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