10/12 建築材料の熱的効果
パッシブデザインは素材の熱的性能を知ることから始まります。建築にはさまざまな材料が使われますが、その範囲は無限ではありません。古来、建築には近くで簡単に手に入る材料、できるだけ安価なものが選択されてきました。要の東西を問わず、ヴァナキュラー建築は全てその土地で得られる素材だけで構築されてきました。コスト、力学的性能、修復性など、きちんとお手入れをして長く大切に使うことを前提に、自然界から得られる生物素材や石、土、泥、砂といった地球を構成する素材が選定されてきました。科学の進歩と人類の好奇心は次から次へと新しい素材を開発してきましたが、これらについても、コスト、加工性、耐久性、耐候性、維持管理などの多くの評価項目と、ファッション性と同格の流行なの要素も含めて「淘汰」があり、あらためて自然素材に代表される「正直な素材」が再評価されています。今回はその「素材」の「熱的性能」についての話題です。第10章の構成を紹介します。
第10章 建築材料の熱的効果
・蓄熱体(不透明材料)と室内温度のバランス
・表面の熱応答
・温度の効果
・建築材料の劣化
・建築材料の熱伝達
・熱抵抗と熱容効果の違い
・熱移動の時差計算法
・バランスのとれた断熱
建築材料の熱的効果
外部の熱変動はすべて、建物外皮を通して室温に影響を与える。外皮への熱移動は、ちょうど多孔質材料への水蒸気移動に相当する。連続する外皮層の全てに熱が満ちた時にはじめて室内の表面温度が変わる。外気の熱変動が建物外皮に十分に染み通るまでに時差が生じる。これらの建築材料の特性は、室内の温熱環境を整えるのに有効活用できる。
オルゲイは主だった建材の「日射反射率」「熱射反射率」「熱射放射率」を表にしました。日射を吸収し、熱線を反射する個々の素材の特性を理解して使うことによって、温熱環境をコントロールすることができます。暖房期間が長い寒冷地でも、日射に恵まれた地域では、日射吸収率の高い素材が適しています。また熱帯地域など熱線が環境制御の障害となる地域では、熱線反射率の高い材料が有効に使えます。以下オルゲイが考える「材料」の温熱的特性について説明します。
■材料の吸放湿効果
材料はそれぞれ水分を吸湿する特性を持っています。一般に有機材料のほうが無機材料よりも高い吸収率を持ちます。材料は多く水分を含むほど熱伝導率が高くなります。無機材料は容積に応じて、有機材料は重量に正比例して熱伝導性が高まっていきます。
■材料の劣化
どんな気候帯でも建築材料は劣化します。しかしそのことは材料の熱的性能にはあまり関係がありません。
■材料の熱容量性能
材料の最も大切な熱制御の性能は、どのように熱を伝えるかにある。毎日の熱負荷変動によって熱容量の大きい建物では二つの変動が生じる。
1)室内温度の変動幅が小さくなる
2)室内温度の変動が外気の変動に対してタイムラグが起きる。
オルゲイはここで建物を構成する材料が「熱容量」を持つことの意味について整理しています。建物が熱容量を持つと室温変動の幅が小さくなり、外の温度変化に対して、時間遅れの変化を見せるようになります。オルゲイは建築で使われる材料の「物性」からパッシブデザインに不可欠な要素について、日射吸収率、熱伝導率について、その挙動を説明しました。そして最後に「熱容量」について説明しています。
■熱容量の効果
与えられた気候地域にもっとも望ましい熱挙動性を持つ材料を評価するには、年間の外気温推移と快適温度範囲との位置関係をきちんと把握する必要がある。例えば、年間の最高気温の推移は、断熱材の性能を決める基準になるし、一日の外気温の変動幅によって、材料に必要な蓄熱容量を確認することができる。
材料の物性と温熱効果
Fig.10.1 はオルゲイが「熱容量」と「断熱性能」の温熱効果を説明するために用いた模式図です。外気温と室温の関係を「生気候図」の快適範囲との関係で説明しています。AやBのように外気温の日較差が大きく、かつ平均気温が快適温度範囲かそれに近い場合は、熱容量の大きい材料を使うことで外気温の変動の振幅を狭め平準化することができます。CやDは外気温が快適範囲から高温域や低温域にずれている場合です。室温を快適域に保つためには「日射反射率の低い材料」を用いることの有用性を説明しています。EやFは、外気温の日較差は少ないのですが、平均気温が快適範囲と大きくずれている場合です。Eは外気温が快適範囲から高温域にずれている熱帯地域の状態を表しますが、ここに断熱材と熱容量を配慮すると、外気温の変動が全体として下に移行し室温が平準化することを示しています。しかし、この例では、平準化した室温は未だ快適範囲に収まっていません。Fは寒冷地の事例で、外気温のレベルが快適範囲からかなり下にずれていますが、断熱材の効果によって室温はわずかに上にずれて快適範囲に近づいていますが未だ遠い状態を示しています。オルゲイは、Fのような寒冷地では、室内に熱容量の大きい材料を置くことも勧めています。オルゲイは断熱と蓄熱によって、外気温の影響を緩め平準化して、それでもまだ「快適範囲」内に達していない部分についてのみ「機械力」(補助熱源)に依存するというパッシブシステムの基本をここでも解説しています。
Fig.10.2 は熱容量の小さい木造建築(軽い建物)と熱容量の大きいレンガ造(重い建物)の夏の実測データです。熱容量の小さい木造の家は、室温変動が大きく、最高最低室温の差が大きいのに比べて、熱容量の大きいレンガ造の建物は最高最低室温の差が小さくなっています。
Fig.10.3 はイラクに建つ木造とレンガ造の二つの建物における7月21日の各方位の壁表面温度の変動のグラフです。熱容量が小さい木造は、外気温の変動に同期して壁面温度は上昇し、日射強度が弱くなると急激にその温度は低下しています。ところが、厚さ9インチ(約23cm)レンガ壁に囲まれた建物は、朝の日射を受けた東面の温度は15時以降、夕方に日射を受けた西面の温度は深夜2時にピークに達しています。
気候条件に応じた材料の選定
Fig.10.4 はアメリカの特徴的な気候を示す4つの都市に建つ建物の「断熱」と「蓄熱」について求められる性能を模式的にまとめたものです。寒冷地のミネアポリスでは、西側壁面に熱の侵入を6時間遅らせる性能の断熱材のほか、室内に蓄熱性を持たせることを説いています。また温暖地のニューヨークでは、最も熱的に厳しい条件となる西側壁面の断熱が必要であることを指摘しています。熱帯乾燥地のフェニックスでは、南面・西面・北面(あまり一般的ではない)の断熱の必要性を示すとともに、その時間遅れ性能は、南面・西面・屋根面について10時間遅れの必要があることを説いています。熱帯蒸暑地域のマイアミでは、特に断熱材の必要はなく、むしろ軽い建物であることが好ましいことを示しています。
Fig.10.5 は全体の総括として、緯度の違いによる日射取得データから、熱を建物に侵入させないための「断熱」と、その熱が室内に伝わることにタイムラグ(時間差)を生じさせる「熱容量」について、各緯度に求められる性能を表に示しています。オルゲイは「熱容量」と同様に「断熱」による「時間遅れ」(タイムラグ効果)についても評価しています。
熱容量の小さい日本の木造住宅は、一般に室温変動が大きく日中に必要以上のオーバーヒートをしていると指摘されています。エネルギーとしては低レベルに分類される太陽熱利用を検討する場合、蓄熱や熱の室内侵入に時間遅れ効果をもたらす「熱容量」がとても大切な要素になります。軽い建物に分類される木造住宅のパッシブ化を考えるとき、最も大切な要素は建物の「熱容量」コントロールだと言えます。
DESIGN WITH CLIMATE 10/12 「建築材料の熱的効」 以上